最近、フランスで若者による抗議活動や暴動のニュースを見ながら、イギリスとの違いについて考えることがありました。
フランスでは、教育環境の悪化や生活費の高騰、将来への不安などを背景に、若者が街に出て声を上げることが少なくありません。これまでも年金改革や警察による若者の射殺事件をきっかけに、大規模なデモや暴動が発生してきました。若者の不満が社会運動として表面化しやすい国だと感じます。
一方で、イギリスの若者も決して現状に満足しているわけではありません。
まず深刻なのは住宅問題です。ロンドンはもちろん、地方都市でも住宅価格や家賃は高騰を続けており、若い世代にとって持ち家は以前よりはるかに遠い存在になっています。大学を卒業して働き始めても、住宅購入に必要な頭金を貯めることが難しく、30代になっても親と同居している人を珍しく感じなくなりました。
また、雇用に対する不安もあります。若年層の失業率は依然として全体平均より高く、たとえ仕事が見つかっても短期契約や不安定な雇用形態であることも少なくありません。生活費や光熱費の上昇に加え、学生ローンの返済負担もあり、「自分たちは親世代ほど豊かになれないのではないか」という感覚が広がっているように見えます。
こうした状況を見ていると、私自身が日本の就職氷河期世代として感じていたことと重なる部分があります。私たちも、「生まれたタイミングによって損をした世代だ」と感じることがありました。そして今の若い世代も同じように、「自分たちは時代に恵まれなかった」と考えているように見えます。
さらに現在は、SNSやインターネットを通じて世界中の情報が瞬時に入ってきます。以前であれば、自分の周囲との比較で終わっていたものが、今では他国の若者の暮らしや給与水準、住宅事情まで簡単に知ることができます。海外で同年代の人が住宅を購入した、起業した、高収入を得ているという情報を日常的に目にすることで、「なぜ自分たちはこれほど厳しいのか」という不公平感が強まっている面もあるのではないでしょうか。
それでも、私はフランスのような大規模な抗議運動や暴動がイギリスで広がる可能性は、現時点ではそれほど高くないように感じています。
一つには国民性の違いがあるように思います。
もちろん例外はありますが、イギリス人は不満を抱えると、まず愚痴を言います。職場で、パブで、友人との会話で、あるいはSNSで不満を共有します。しかし、その不満が大規模な集団行動へ発展することはフランスほど多くありません。不満を表明することと、行動を起こして社会を変えようとすることの間には、意外と大きな距離があるように感じます。
もう一つは、若い世代の間にある種の諦めが広がっているように見えることです。
「家は買えないものだ」 「政治は変わらない」 「生活費は上がり続ける」 「自分たちの世代は恵まれていない」
そうした認識を受け入れた上で、何とか現実に適応していこうとする姿勢が強いように見えます。社会を変えようという情熱よりも、「変わらない現実の中でどう生きるか」を考えている人の方が多い印象です。
もちろん、これは私個人の印象に過ぎませんが、ロンドンで暮らしていると、若者の不満が消えているわけではなく、むしろ蓄積しているように感じます。ただその不満は、フランスのように街頭で爆発するのではなく、日々の愚痴や皮肉、自虐的なジョークとなって表れているようにも見えるのです。
彼らに対して「何もしたくないくせに金を出せと不満ばかり言って」と嘆く大人世代もいますが、30年前に失望を味わってそれを引きずっている大人としては、イギリスの若者が気の毒な気もする今日この頃です。

