イギリスの国民健康サービス(NHS)は診療が無料なのはありがたいのですが、治療の待ち時間がかつてないほど長期化し社会問題になっています。新しい政権の労働党もNHS改革を目標に掲げていますが、達成に10年かかる見込みです。
新聞iによると、いざという時のためにプライベート医療保険に加入する人が過去最高になりました。実際に保険金を請求する人も増加したため、保険料が約25%も上昇しています。
NHSの順番が待てれば治療はほぼ無料でしてもらえますが、年単位で待てない病気の人は自費で払ってでも早く治療してもらうことを選んでいます。保険料の値上げは、請求件数と治療費の増加が要因のようです。自費入院患者数は過去最大で、特に20~39歳の患者の自費診療が増加しています。
現在、NHSの治療待ち患者数は推定762万人、患者数は639万人です。2022年時点で民間医療保険の加入者は580万人で、支払われた保険金は平均で2,147ポンド(約40万円)でした。保険加入者が人口の10%未満というのは、正直なところ驚きました。
政府系調査機関によると、民間医療保険で支払われる手術のトップ5は、白内障手術、化学療法、内視鏡検査、大腸内視鏡検査、人工股関節置換術です。整形外科と眼科は、NHSで最も待ち時間の長いトップ10に入っています。民間医療保険の利用者は女性の方が多く、これは更年期治療や不妊治療がカバーされる保険が売れていて、こういった緊急性が低いと思われる患者はNHSで後回しにされがちだからのようです。
民間医療保険のシステムですが、プライベート医療を選んだ場合、例えば最初の300ポンドまで自費で治療費がそれを超えた場合に保険金が下ります(自動車保険と同じ。もちろんプランによるので契約書を読みましょう)。雇用主を通じて民間の医療保険に加入するのが一般的で、毎月または毎年の保険料が給与から引かれることになりますが、保険料は安いです。福利厚生をアピールするために医療保険を提供する雇用主が増えたことも、加入者増加の一因のようです。また、単純にNHSの順番が待ちきれなくて加入する人もいますが、加入時に判明している疾病はカバーされないこともあるので、要確認です。
私は夫の会社が提供するプライベート医療保険に入っていますが、私の雇用者も民間医療保険会社と契約しているので利用が可能です。雇用主の医療保険に入ると、従業員は本人分の保険料にかかる税金分だけ支払い、保険料は会社が負担します。家族単位で加入の場合は、追加分の保険料は従業員が全額払うので、保険料が上昇したら手取り給与が減ります。会社単位で契約するということは、その会社の従業員から求償がたくさんあれば次の年の保険料は上昇します。
保険があるから安心、というわけにもいかないのが悩ましいところです。プライベート医療保険のお世話になった人を何人か知っていますが、自費だからと言ってレベルの高い医療が受けられるとは限りません。知人Aはステージが進んだがんが見つかり数日で手術してもらえたのは保険のおかげだったと言っています。知人BとCはそれぞれ膝とくるぶしの手術を自費診療で3回しましたが、状況は最初の手術前より悪化したそうで、治療を受けたことを後悔しています。二人とも杖が無ければ歩けなくなってしまいました。同僚のDは痛くもない背中のマッサージに通っています。保険に入っている以上、利用しなければ損をするというイギリス人の謎のメンタリティです。イギリスには肥満の人が多く、丸々とした胴体に比して足が長くて細いので膝や足首に負担がかかり、中年以降普通に歩けないケースが散見されます。知人BとCの経験談から、保険に加入していても安易に飛びつかず、利用する前に医師の評価を確認しようと思います。英国の富裕層にはイギリスの医療を信用できず、欧州大陸やトルコに最先端医療を受けに行く人もいるようです。医療が安心して受けられる国に住みたいものです。